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JUNIOR STORIES

脳みそサーバー:私たちは、いつまでソフトウェアのために働くのか

メールも、表計算も、カレンダーも正常稼働。汗をかいているのは、自分だけ。ソフトウェアの隙間を人が埋める職場で、AIエージェントには何を任せ、何を自分の手元に残したいだろう。

コーヒーを手にした会社員が、脳の形をしたサーバーを介してメール、カレンダー、タスク一覧をつないでいる。
炭素ベースの設計。電源はコーヒー。AIとソフトウェア、そして働く人の話

朝9時。席に着いたばかりのあなたに、取引先からメールが届く。「来週水曜の納品を、今週金曜に前倒しできないでしょうか」

とても丁寧な文面だ。末尾には、にこやかな絵文字まで添えてある。

カレンダーを見る。今日は木曜日。

まずプロジェクト管理ツールで進捗を確認する。次に資料を開いて、残っている作業を調べる。チャットでデザイナーの予定を聞く。さらに別の表を開いて、前倒しすると他の案件にぶつからないか確かめる。

10分後、あなたは6つのウィンドウを流れるように行き来している。

どのソフトウェアも絶好調だ。画面はきれいで、動作は軽快。エラーも一つとして出ていない。汗をかいているのは、あなただけ。

集めた情報を整理して責任者に送ると、返事が来る。「了解。引き続きよろしく」

これで、この案件はあなたの脳内に保存された。

昼休みには、最初のひと口を食べようとしたところで、また通知が上がってくる。

ソフトウェアがつながらないところには、人がいる

会社で使うソフトウェアには、それぞれ役割がある。

メールは受信する。表計算は数字を蓄える。カレンダーは予定を知らせる。プロジェクト管理ツールは、「進行中」を安心感のある青色で表示する。

では、取引先の言う「なるべく早く」はいつまでなのか。表の数字とメールの数字が違うのはなぜか。「了解」と返したものの、実はまだ手をつけていないのは誰か。

そういうことを読み解くのは、人の仕事になる。

しかも、覚えておかなければならない。

どの情報が古いのか。どの言葉が社交辞令なのか。どの仕事を催促すべきか。誰が金曜の午後につかまらないのか。あるソフトウェアの中のメッセージを、別のソフトウェアでの操作に翻訳し、その結果を持ち帰る。

ソフトウェアがつながらないところには、人がいる。

この役割に名前をつけるなら、「脳みそサーバー」はどうだろう。

炭素ベースの設計。電源はコーヒー。曖昧な言葉の解釈に対応。データベースに入らなかった文脈の大半は、ここにキャッシュされている。

弱点もある。夜は寝る。休暇中はオフライン。ときどきウィンドウを見つめたまま、何をするために開いたのか忘れる。

会社は、このサービスに月額料金を払っている。

もちろん、雇用契約書にはもっと立派な名前が書かれている。オペレーション担当、プロジェクトマネージャー、カスタマーサクセス。創業間もない会社なら、「何でもやる人」。

「今回はちょっと特殊でして」と言われたら

これはシステム連携の問題に聞こえる。

APIをつなぎ、データを同期し、自動化のルールをいくつか設定する。それで省ける転記作業は、確かに多い。フォームを受け取ったら記録を作り、担当者に通知する。決まった手順なら、以前から自動で動かせる。

困るのは、ワークフローが人間の言葉をしゃべり始めたときだ。

「今回はちょっと特殊でして」

「送るのは待って。先に確認したい」

「前回と同じで。料金だけ新しいほうにして」

現実の仕事は、フローチャートが受け止めきれないほど例外が好きだ。

そこで、人がまた真ん中の席に戻ってくる。その一言の意味を読み取り、「前回」を探し、どれが「新しい料金」なのかを見極め、次にどう進めるか決める。

私たちは何年もかけて、ソフトウェアの機能を増やしてきた。その間、人もまた、使えるソフトウェアを増やしてきた。

十数個のシステムを使いこなせる人は、仕事ができると言われる。実際、できる人なのだ。ただ、その能力のかなりの部分が、システム同士の間を取り持つことに使われている。

親戚が大勢集まった席で、あちこちの伝言を頼まれる人に少し似ている。

AIエージェントには、どこまで任せたいか

エージェントに期待したくなるのは、この部分だ。

たとえば、こう頼む。「この案件、金曜までに納品できるか調べておいて」

関連するメールを探し、進捗を確認し、残作業を照合して、問題点と選択肢を整理する。判断に必要な情報が足りなければ、具体的な質問を持って戻ってくる。

たとえば、こんなふうに。

「デザインがあと2点残っています。前倒しするには、別の作業を後ろにずらす必要があります。どちらを優先しますか?」

ここには、人が判断する意味がある。

ところが、ページを開くたびに報告し、ファイルを見つけるたびに「続けますか?」と聞き、最後に6つのソフトウェアから集めた情報をそのまま積み上げてきたら、こちらの仕事はまだ山ほど残っている。

増えたのは、やたらと自分を「上司」として扱ってくれる同僚だ。

しかも、ものすごい速さで文字を打つ。

エージェントがどれだけ助けになったかは、素朴な問いで考えられる。仕事を任せたあと、こちらはどれだけ気にかけ続けなければならないか。

ウィンドウを閉じて、別のことに取りかかれるだろうか。よくある小さなつまずきなら、自分で対処できるだろうか。戻ってきたときに、何を調べ、どこで止まり、何を決めてほしいのかを説明できるだろうか。

クリック数は数えやすい。一方、頭の片隅にいくつの未解決案件がぶら下がっているかは、製品の効果を示すレポートにあまり載らない。

しんどいのは、むしろそちらだったりする。

自分の手で触れていたいもの

では、ソフトウェアは全部AIに使ってもらえばいいのだろうか。

まず、自分がなぜその画面を開いたのかを考えてみたい。

ただ用事を済ませたいときがある。在庫確認、照合、ファイル名の変更、いくつものシステムへの同じ情報の入力。こうした手順を懐かしく思い出すことは、そう多くない。引退して夕日を眺めながら、「あの経費精算、もう一度やりたいなあ」とつぶやく人は、なかなか想像しづらい。

一方で、手を動かすこと自体が目的のときもある。

絵を描く人なら、午後いっぱい色を調整していても楽しいかもしれない。服を買う人なら、あてもなく店を回りたいかもしれない。ゲームをする人も、エージェントに全クリアしてもらって、勝利報告だけ受け取りたいとは限らない。

同じ画面にも、違う望みがある。

だからGUIにも、居場所がある。見たい。比べたい。試してみたい。何か思いついた瞬間に、自分の手で少し直したい。

変えられるのは、どこまで自分が関わるかという選択だ。

結果だけほしい仕事もある。方向を決めたい仕事もある。最初から最後まで、自分でやりたいこともある。

ソフトウェアには、そのどれも選べる余地があってほしい。

空いた余裕は、誰のものになるのか

ここまで聞いて、脳みそサーバーは少しほっとするかもしれない。

ようやく、細々とした調整を引き受けてくれるものが来た。

けれど、しばらくすると別の考えが浮かぶ。待てよ。それって、自分が毎日やっていることの大部分では。

製品発表会には、あまり似合わない考えだ。さっきまで希望に満ちていた話が、ふと静かになる。

仕事がくれるのは、給料だけではない。誰かが聞きに来て、自分には答えがある。何かが止まって、自分が動かせる。今日は疲れたけれど、あの部分は確かに自分がやり遂げた。そんな手応えもある。

実行が簡単になれば、慣れ親しんだ手応えのあり方も変わっていく。

全員に「意思決定者」という肩書きを配って、昇格です、と言えば済む話ではない。一日中エージェントの出力を見張り、承認ボタンを押す仕事が、前より面白いとも限らない。

エージェントを本気でつくるなら、この変化にも目を向ける必要がある。

気にかけることが減って生まれた余裕は、使う人の手に戻っているだろうか。何が起きたかを理解し、方向を変え、大事なところを自分で引き受けられるだろうか。それとも、システムが「効率が上がりました」と表示したから、その分だけ予定が詰め込まれるのだろうか。

これは製品設計の問題であり、組織が仕事の進め方を考え直す問題でもある。モデルが賢くなっただけで、その答えまで自動で出してくれるわけではない。

仕事を任せた、そのあとに

Juniorをつくるうえで、ずっと忘れずにいたい問いがある。

仕事を一つ任せたあと、人はそれをどれだけ気にかけ続けなければならないか。

取引先の要望が変わったら、誰が気づくのか。情報があちこちに散らばっていたら、誰が集めるのか。作業が止まったら、誰がその先を追うのか。本当に大事な判断を、人に戻すのはいつなのか。

結局すべてがユーザーの記憶頼みなら、その立派な新システムの中には、まだ脳みそサーバーが隠れている。

午後6時。そろそろ帰ろうとしている。

いつもの癖で、ウィンドウを一つずつ開いて最後の確認をする。チャット、メール、進捗、それから今日中に返事をくれると言っていた人。

マウスを動かしかけて、ふと止まる。

あの仕事は、もう任せてある。確認することは確認済みで、必要なフォローも進んでいる。自分の判断が必要になれば、ちゃんと知らせが来る。

パソコンを閉じる。

エレベーターが来た。

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AIのこと。そして、画面のこちら側にいる人のこと。